マロリー人に矢を射か


 レディ?アリアナはレルドリンの震える肩に腕をまわし、いとこの亡骸が乗せられた担架からそっと引き離した。
「きみの力で何とかならないのか、アリアナ」若者はとめどなく涙を流し続けながら懇願した。
「包帯をするなり――湿布をするなりして」
「残念ですがもはや手の施しようがありませんわ、だんなさま」アリアナは静かな声で答えた。
「いとこ殿のご逝去を心からお悔み申しあげます」
「その言葉を言ってくれるな、アリアナ。トラシンが死ぬはずはない」
「失礼いたしました」彼女はあっさりした口調で言った。「あの方は遠いところへ行かれたのです。もはやわたくしの治療や技量ではあの方を呼び戻すことはできません」
「ポルガラならできるかもしれない」だしぬけにレルドリンが叫んだ。その目には不可能な希望の火が燃え上がった。「ポルガラを呼びにやってくれ」
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「呼びにやらせる人手などここにはありませんわ、だんなさま」アリアナは、彼女とタイバと数人の者たちが怪我人の手当に飛びまわっている、急ごしらえの天幕を見まわしながら言った。
「ここにおられる人々は、皆わたくしたちの介護やお世話が必要な方ばかりです」
「ならば、自分で探しにいく」レルドリンは叫んだ。その目から依然として涙が流れ続けていた。若者はさっと踵を返し、天幕から飛び出した。
 アリアナは悲しげなため息をつきながら、トラシンの青白い顔の上に毛布をかけた。そして相変わらず続々と運びこまれてくる怪我人のところへ戻った。
「こいつのことはかまわんで下さい、お嬢さま」痩せぎすな顔のアレンド人の農奴が、友人の上にかがみこもうとするアリアナに言った。
 アリアナは問いかけるような目で男を見た。
「こいつはもうおっ死《ち》んでます」男は言った。「マロリー人の矢をまともに右胸に受けたんでさあ」かれはそう言いながら死人の顔を見下ろした。「哀れなデットン」男はため息をついた。
「こいつはあっしの腕の中で死んでいったんだ。死にぎわにやつが何て言ったかわかりますか?」
 アリアナは首を横にふった。
「『少なくともたらふく朝飯は食えたなあ』と言って死んだんですよ」
「もう死んでいるとわかっているのに、なぜこのお友だちをここまで連れてきたのですか」アリアナは優しくたずねた。
 痩せぎすな、むっつり顔の農奴は肩をすくめた。「友人を死んだ犬ころみたいにどぶの中に転がしておくことはできなかったんでね」かれは答えて言った。「こいつが生きてるあいだは、誰ひとりやつのことをかまっちゃくれなかった。だがこいつはあっしの友人だ。ごみの山かなにかのように、ほっぽっておくわけにゃいかない」男はそう言って短い、苦々しげな笑い声をあげた。「やつにとっちゃ、もうそんなことはどうでもいいかもしれんが、これで少しは人間らしいことをしてやれたしな」そう言いながらかれは無骨な手つきで死んだ相棒の肩をたたいた。「すまんな、デットン」とかれは言った。「だがそろそろ戦場に戻らなきゃならん」
「あなたのお名前は何というの」アリアナがたずねた。
「あっしはラメールって呼ばれてるもんでさあ、お嬢さま」
「そんなに急いで戦場に戻らねばならないのですか?」
「そうとも思えんのですよ、お嬢さま。けるのがあっしの役目なんですがね。ちっともうまくはないが、さしあたってそいつをやれと言われたんで」
「それではわたくしの方がもっとあなたを必要としていますわ」彼女はきっぱりした口調で言った。「ここにはたくさんの怪我人がいるのに、人手が少なくて困っているのです。あなたは見かけはぶっきらぼうでも、たいへん優しい心の持ち主と見受けたわ。わたくしを助けてもらえないかしら」
 男はしばらく彼女をじっと見つめていた。「あっしはいったい何をすればいいんで?」かれはたずねた。
「タイバが包帯にするための布を火にかけています」彼女は答えた。「まず、火のかげんを見て下さい。それから、外に毛布を積んだ荷車が置いてあります。どうかその毛布を運んできて下さいな、ラメールさん。それからあとにもまだやってもらわねばならない仕事があります」
「承知しました」ラメールはきびきびした口調で答えると、火のそばへ向かった。

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