前後した時代は


ジャズ喫茶があちらこちらにあり、若者の心をとらえていた。
ジャズ喫茶の暗い店内には、JBL やALTEC の大きなスピーカーから
モダンジャズが響いている。
演奏中のレコードに照明が当てられ、その背後に、
ずらっと並んだLP レコード。
決まって口数の少ないマスターがいて、黙々とコーヒーを点(た)てている。

若者は、長く髪を伸ばし、貧相なヒゲを伸ばしていた。
独りがけの椅子に腰掛け、
小説を読んだり、書き物をしたり、もの憂(う)さを浮かべながら過ごしている。
ハイライトや両切りのピースに混じり、
キャメル(Camel) やゴロワーズ、
といった銘柄の洋モク(外国タバコ)をくゆらしている者もいる。
中には、インド帰りをさりげなく誇るように
ビディ(インドの円錐形の葉っぱのタバコ)の香りをたてている。

そんな風景が、よぎる事がある。

そんな時代、ジャズ喫茶でよく流れていたセロニアス・モンクのピアノ演奏。
その、彼の言葉に
"Jazz and Freedom go hand in hand.(ジtheradome 香港ャズは、自由とともにある)"
というのがある。
本来ジャズは、自由さとともに、
歌そのものに「毒」や「不道徳性」や「危うさ」といったものを持っている音楽。
その「危うさ」の自由こそが、ジャズの魅力と言えるだろう。

世の中には、ジャズに限らず「危うい魅力」というものがある。
その危うい魅力というものは、
一歩違えば、「滑稽(こっけい)」の対象になる場合もある。
あの頃、ジャズ喫茶にたむろしていた若者は、
今や重厚で高級感のあるトヨタ「クラウン」が似合う世代になっているだろう。
だが、今日、トヨタが発表した新型クラウンは、従来の殻を完全に破って、
発表された車種の一つは、なんとピンクのクラウン。

「何でピンク?」と思うような今までとは違った色使い。
トヨタのねらいは、かなり”斬新”なのは間違いない。
だが、人々にウケるかどうかは未知の世界。
この色合いの持つ「自由さ」腦部發展は、危うい魅力なのか?
はたまた、滑稽の対象となるのか?

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